アパレルウェブ ホーム
«+遊び心、うんちく  |   Main   |  恐ろしい「縮み志向」»

「記者クラブ」は何のためにあるのか

 上杉隆『ジャーナリズム崩壊』(幻冬舎新書)を読んだ。いやはや、実に痛快な「記者クラブ」批判である。「メモ合わせ」と称してカンニング記事を平気で書く者、担当する政治家が出世することが自分の出世につながる政治記者などなど。これまでも記者クラブ批判の文章は多くあったが、これほど赤裸々に内幕を暴いたものは少ない。その意味でも痛快な本である。
 ただし、わたし自身は著者のように単純に記者クラブを否定はしない。どだいアメリカとは事情が異なるのだ。そもそも日本に新聞記者なる職業が登場したのは、たかだか明治時代。当時の記者は、それこそ海の物とも山の物ともつかない人物が多かった。しかも、明治の新聞はほとんどが政治新聞だから、記者には元民権運動家なども多い。そして、日本は元来、官尊民卑の風潮が強い。このため、政府や大企業に取材する際、記者個人、新聞社1社では相手にされなかった。そこで記者クラブなるものを作り、各社が団結することによってマスコミ蔑視の風潮を打破しようというのがそもそもの始まりである。
 ところが、いつのころからかこの原点が忘れられ、クラブはメンバーの既得権を守り、健全な競争を阻害するようになる。ここに記者クラブ批判が生まれるわけである。
 ちなみに、わたしが所属する大阪の「紡績・化繊記者クラブ」は、自由闊達、健全な競争を旨とし、記者クラブの本義をまっとうすべく日々活動中である。(M・U)
2008年12月10日(水)  06:51  / この記事のURL

この記事のURL

http://apalog.com/daisen/archive/303